学校日記

一教師の記憶に残ること

公開日
2020/04/27
更新日
2020/04/27

校長室の窓(〜2020年度)


本日の職員会で、次の「実話」を全職員で共有しました。

一教師の記憶に残ること

その先生が5年生の担任になった時、
1人、服装が不潔でだらしなく、
どうしようもなく、どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は、
少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の1年生からの記録が目に止まった。
「朗らかで、友達が好きで、人に親切。
 勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。他の子の記録に違いない。
先生はそう思った。

2年生になると、
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。

3年生では、
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」
後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

4年生になると、
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、
 子どもに暴力をふるう」

先生の胸に激しい痛みが走った。
ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみのなかを生き抜いている
「生身の人間」として自分の前に現れてきたのだ。

先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
 あなたも勉強していかない?
 分からないことは教室で教えてあげるから」

少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手を挙げた時、
先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの午後だった。
少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。

亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。
先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛び込んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」

卒業後6年、カードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。
 僕は先生に担任をしてもらって、とても幸せでした。
 お陰で奨学金をもらって医学部に進学できます」

10年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えたことへの感謝と
父親に叩かれた体験があるから
患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。
 あのままダメになってしまう僕を救ってくださった先生を
 神様のように感じます。本当にありがとうございました」

その1年後、届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席にすわってください」
と一行、書き添えられていた。


(出典『小さな人生論』致知出版社)