昭和20年代後半の東部中 その1
- 公開日
- 2008/04/01
- 更新日
- 2008/04/01
東部中の歴史
今回からは、昭和20年代後半(1950〜1954)の東部中についてです。この時期には、グランドが整備されたり、旧体育館が整備され、学校がかなり整ってきた時期です。
1・2枚目の写真は、昭和26年の体育大会の様子です。このときのグランドは、前にもお伝えしたように、校舎西側でした。わかりにくいですが、2枚目の写真の右上のところが線路の跡で、高くなっているので、絶好の観戦ポイントだったようです。
3枚目の写真は、昭和27年の体育大会です。この年に、校舎の南側が整備され4番目の平面図のように、グランドは南側(現在の体育館・武道場・テニスコートあたり)に広がりました。そのため、体育大会も校舎南側で行われるようになりました。この後約20年間、この位置がメイングランドとして使われました。現在のように、下の面がメイングランドになるのは、昭和40年代後半(1970年代)になってからです。
なお、3枚目の写真を見てわかるように、当時の学校東側は松林だったようです。