ぶどうのお話
- 公開日
- 2013/09/03
- 更新日
- 2013/09/03
食育・給食
きょうの給食に、春日井の巨峰(きょほう)がだされています。
春日井は書で有名な小野道風が生まれたところで、実生サボテン生産日本一のほか、桃、ぶどうなど果物の豊富な人口31万人のまちです。
国道155号沿いは、ぶどうや桃(もも)などの栽培(さいばい)がさかんなところです。農家の人たちはよい果物を作るために、土作りや枝づくりなどに力を入れています。また、消毒を十回ほど繰り返したり、袋をかけたりしています。夏から秋にかけて、道路脇(わき)で桃やぶどう、柿の直売所をよく見かけることができます。
大泉寺地区は、段丘上で水の便が悪く、大泉寺池、鋏(はさみ)池など谷をせきとめて造った溜池により灌漑(かんがい)を行っていました。昭和30年代(1955)になると、養蚕の衰退(すいたい)とともに桑畑が減り、しだいに桃やぶどう・かきなどに転換していきました。昭和40年代(1965)に入り、老木化の早い桃は、収穫量が減少しました。嫌地(いやち)現象(作物の連作をすると収穫量が減少すること)が強く再植できないことや、さらに他の果樹に比べて労力もかかることから、順次ぶどう栽培に切り替える農家が増えました。ぶどうは市場に出荷するのではなく、国道19号や155号などの主要道路脇(わき)で販売する方法がとられました。そして、桃や柿も販売されるようになりました。ここ数年、9月の学校給食には、地産地消で巨峰が登場しています。