明治時代の様子
- 公開日
- 2009/07/28
- 更新日
- 2009/07/28
春小 学校の様子
(写真)明治時代の卒業写真
○連合運動会(=今でいう陸上大会のようなもの)は、竜泉寺下の庄内川の川原で行われました。そのころは、みんな弁当を持って喜んで出かけました。
○靴がないので二本歯のぶくり(高下駄)を履いていき、途中ではな緒がが切れると大変でした。大雨が降ると宮町の前の道は低くて、高山の方から悪水が押し寄せてきて、深い所では、腰までつかってしまいました。
○明治後半ぐらいに、運動場でしか遊んではいけないというルールができました。当時は、ベースボールがはやって、運動場の立ち木をベース代わりにして遊んだり、手のひらでのテニスをしました。木登りは当たり前のことでした。
○高山に上清水(かみしみず)と言って、水のこんこんと湧き出る所がありました。これは、下屋敷を流れている川を湯の川とも言い、清洲でお茶の会がある時に上清水の水を汲みに来て、この水を使って清洲御殿でお茶の会を開いたといういわれがあります。