学校日記

第25回卒業証書授与式

公開日
2009/03/06
更新日
2009/03/06

学校行事

ずいぶん更新してませんでした。ごめんなさい。
今日は感動の卒業式でした。涙にむせびながらの最後の合唱「旅立ちの日に」の途中に「ありがとう石中」の声。一瞬何が起きたのか、と思ったけど、すぐにそれが感動に変わりました。感極まっての一言でしたね。そして、毎年最後になると涙で歌えなくなることが多くなるころに指揮者の「まだ泣くな!」の一声。これで、3年生の歌声が復活しましたね。最後にはすばらしい歌声になって、さらに感動しました。合唱の後の大きな拍手は皆さんのすべての思いに対する拍手だったように思います。
在校生の送辞は、落ち着いた口調で、なおかつ先輩への感謝の気持ちにあふれていました。そして、これから自分たちが進むべき方向を見いだしているようでした。もちろん答辞も立派でした。涙があふれてくるのを必死で我慢しながら、それでいて、心のこもったすばらしい内容でした。式後、来賓のある方から「格調が高い」「よく練られている内容」とのお話を伺いました。卒業生の皆さん、感動の卒業式を本当にありがとうございました。
 一人一人これから歩く道はちがっても、どうぞ元気でご活躍ください。

学校長式辞
校庭を吹き抜ける風も、どこか暖かさを含み、一雨ごとに、春の到来が感じられるようになりました。
栄えある第25回卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
今、新たな旅路につこうとしている118名の皆さん一人一人に、心からの祝福と激励のエールを送ります。
思い出してみてください。はじめて、この石尾台中学校の校門をくぐった、3年前の春のことを…。
小学校よりも広い運動場、東西にのびる4階建ての大きな校舎、小学校には無かった体育館の横にある武道場。ここで、どのような出会いがあり、どのような生活が待っているのかという、大きな期待とちょっぴりの不安が入り交じった、複雑な気持ちであったことと思います。
1年生の宿泊学習をはじめとして、体育大会・文化祭・2年生の野外学習、そして3年生の修学旅行へと続く学校行事の中で、皆さんは、一歩一歩、着実に成長してきました。時には、思った通り事が運ばず、悔し涙を流したこともあったでしょう。また、時には、みんなで団結し、勝利を勝ち取り、大いに喜んだこともありました。
そうした中で、人間関係の難しさを知り、社会のルールを学び、お互いに切磋琢磨して、この3年間を過ごしてきたのです。
「石中生の良さとは何か?」と聞かれたら、私は、真っ先に、「誰に対しても、よく挨拶ができることです」と答えたい。事実、どの行事でも、保護者の方や外部の方から、まず誉められるのは、この「あいさつ」のことでした。「あいさつ」は、人間関係の基本中の基本であります。高校生や社会人になると、いつのまにか、この挨拶をしなくなってしまう人がいます。どうか、皆さんは、いくつになっても大切にしていってもらいたいと思います。
そして、もう一つ、石中生の良さとして、忘れてはならないものに「勤勉さ」と言うことがあります。石中生は、本当に、よく勉強する。
それだけではありません。楽しむべき時には、思いっきり楽しみ、勉強すべき時には、ひたすら勉強する。その、メリハリがきちんとついているところが、さらに素晴らしいと思うのです。
「人生は、一生涯、勉強である」といった人がいます。これからも、この姿勢は忘れずに、一歩ずつ着実に前進していってください。

ところで、ここで、ひとついつものクイズを出題します。
今から110年程前、27歳の若さで赤痢菌を発見した日本の細菌学者と言えば、誰でしょう?

答えは、「志賀 潔」博士であります。志賀潔博士は、有名な北里柴三郎博士のもとで、伝染病の研究に取り組み、1901年には、ドイツに留学し、世界初の結核治療ワクチンを発表します。博士は、後年、大学の細菌学教室などから講演を依頼され、各地を回ります。その際、求められて色紙(しきし)やサイン帳などに、好んで記した言葉があるそうです。
それは、「先人の跡を師とせず、先人の心を師とすべし」というものです。
ちょっと難しい言葉かもしれませんが、この意味は、「先人(昔の人)の業績ばかりに目を向けるのではなく、先人の心目を向けよ」というものであります。
志賀潔博士が成し遂げた、赤痢菌の発見も、自分自身の名誉や利益のためではなく、病気で苦しむ人々を何とか救いたいという一心で、研究し続けた結果であったということです。晩年の志賀潔博士は、名誉市民や文化勲章など数々の表彰を受けましたが、決して贅沢はせず、むしろ貧しい生活の中で、死を迎えるまで、専門書を読み、学問と格闘した一生であったということです。
「自分の学問を通して、人類の福祉に貢献する」、これが、博士の信念でありました。
皆さんも、本校で3年間、福祉の心について勉強してきました。1年生から毎年、授業の一環として行われた「福祉実践教室」や「福祉体験学習」では、点字や車椅子、要約筆記などの体験をしたり、障害のある方々の講演を聞いたりして、思いやりの心、優しい心を育んできました。また、毎年10月に行われる「春日井市の福祉のつどい」には、この中の3分1以上の人たちがボランティアとして、参加をし、貴重な福祉体験をしてきました。それは、決して名誉や損得を計算したものではなかったはずです。誰かの役に立ちたい、みんなの喜ぶ姿が見たいとの思いから、自主的に参加してくれたものと思います。
どうか、この精神をいつまでも忘れることなく、これから皆さんが進む、それぞれの道で、さらに大きく花咲かせてほしいと願っています。

さて、保護者の皆様方、本日は、お子さまのご卒業、誠におめでとうございます。本校に入学以来、様々な角度から、本校の教育活動全般に渡り、温かいご支援とご協力をいただき、本当にありがとうございました。高い席からではございますが、御礼申し上げます。私どもは、決して全てに満足いただける教育ができたとは思っておりません。不十分な所も多々あったかと反省しております。しかしながら、生徒一人一人を大切にする気持ち、教育にかける情熱は、いつも忘れないように心掛け、常に全校挙げて、教職員一同、全力で取り組んで参りました。卒業後も、学校はいつも開かれております。何かございましたら、いつでもご相談いただければと思っております。ありがとうございました。
また、ご来賓の皆様、本日は、ご多用中にも関わらず、本校の卒業式に、ご臨席いただき、誠にありがとうございます。ご覧の通り、本校の生徒は、どの子も、本当に優秀な生徒ばかりであります。必ずや、これからの地域や社会を担っていける人材に育ちゆくものと信じております。どうか、今後も、皆様方の温かいご指導とご支援をいただきたいと思います。よろしくお願い申し上げます。

さあ、卒業生のみなさん。皆さんの前には、輝かしい未来が待っています。「新しい時代を創りゆくものは、青年の熱と力である」
どのような青年期を送ったかは、その後の人生において大きな意味を持ってきます。

志賀潔博士の生まれ故郷である宮城県仙台市の海沿いの丘に記念碑があります。そこには、こんな言葉が刻まれているそうです。
「自ら信ずる所篤ければ、成果自ずから到る」。人間の強さは、信念の強さで決まる。強い決意と実行力で、粘り強く取り組めば、結果は自ずとついてくるという意味です。
ここにいる皆さん一人一人の進む道は、それぞれではありますが、いつまでも、本校で培った「石中魂」を忘れず、己の強い信念を持ち、次なるステージで、大いに飛躍していってください。
卒業生118名全員の今後ますますのご活躍とご健康をお祈りし、式辞といたします。

平成21年3月6日(金)
         春日井市立石尾台中学校長 梅 本 幸 平