かる こく つく えらぶ

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 もみを土うすでひいた後には,玄米(げんまい)ともみがら,それにすりのこしたもみなどがまじっています。そこで,「とうみ」を使って玄米をよりわけます。とうみは風の力を利用してもみがらを遠くへ飛ばし,玄米をとりだしました。とうみでよりわけた玄米には,まだもみのままのものがまじっています。そこで今度は「まんごく」にかけ,玄米だけを選別しました。まんごくは,網の目の大ききによって選別する道具で,おもに,もみと玄米とをよりわける時に使われました。最後に玄米は,俵につめてちょぞうされました。そして,必要なときに取り出し精米しました。

ふるい

「とおし」ともいい,藤で作ったものや金網でつくったものがあり,用途によって,網の目の大きさが異なっていました。もみどおし,やたどおしなどがありました。ふるいによる籾の選別は少しずつしかできず,根気のいる仕事でした。

  籾篩(もみふるい)   
箕(み)

竹を編(あ)んだもので,脱穀したこくもつのくずを除くためにつかいました。両手で持って上下にゆさぶり,自然による風のカでくずだけを飛ばしました。もみを運搬(うんぱん)するためにもつかわれました。ただあおっただけでは,籾もわらくずも一緒に跳ねるだけです。下から横U字型を描くように動かすなどのコツがあります。また,籾や玄米を運んで俵につめたり,殻類(こくるい)を干すときにも使われ,無くてはならない農具でした。竹や藤の皮などで編まれています。

      
藤箕(ふじみ)
 箕(み)の一種ですが,藤のつるを編んで作られていました。市内の玉野地区は,むかしから農家の副業として藤箕つくりがさかんで,この地方一帯に供給(きょうきゅう)されていました。
てがえし
 もみを干すためにむしろの上に広げるためにもちいられました。もみほしともいわれました。もみの乾燥(かんそう)のために,1日に数回,おしたり引いたりしました。
唐箕(とうみ)

中国で発明され江戸時代の中ごろに日本へ伝わりました。米や豆のもみがらやさやを取り除く道具です。 風力を利用して精選する。 精選するには,熟練(じゅくれん)な技術が必要した。 中国から伝わったと言われ,使用されるようになったのは元禄のころです。
 
風の力でさまざまな選別ができる便利な農具です。籾(もみ)や玄米を供給するための漏斗(ろうと),手回しハンドルで羽根車を回転させて風を送る起風胴(きふうどう),選別風胴(せんべつふうどう),そして選別口(せんべつぐち)からできています。上から玄米(げんまい)ともみがらを入れ,ハンドルをまわして風を送ります。するともみがらや軽いごみは左の開口部からふきとび,玄米は下へ落ちました。落ち口は二つあり,ハンドルに近い一番口からは,ふつうの玄米が,二番口からは,しいな(実のほとんど無いもみ)が落ちました。

    
      
とおし(千石とおし,万石とおし)
 唐箕(とうみ)とともに中国から伝わってきたものです。土うすですった玄米ともみがらを選別(せんべつ)する農具です。篩(ふるい)の網を斜めにして,上部の受け入れ口より穀物を流し,玄米とくず米とを選別しました。 ヒモで金網の傾斜を調整することができました。
 篩(ふるい)の機能をさらに発展させたもので,形は,麦や米の穀物を流し込む「ろうと部」と傾斜のついた「ふるい」からなりたっており,ふるいの部分で,もみの大小により選別しました。
 千石どおしと万石どおしのちがいは,綱が1枚か3枚かのちがいだといいます,一度に千石通すことができるというので,「千石とおし」,あるいは「万石とおし」という名がついたともいわれています。籾と玄米の選別や,玄米中のくず米や精米中の砕け米(くだけごめ)の除去(じょきょ)など,網(あみ)や傾斜角度(けいしゃかくど)をかえてさまざまな選別に利用されました。傾斜角度(けいしゃかくど)の調節には熟練(じゅくれん)を要しました。
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−斗ます(いっとます)
 米を俵(たわら)につめるとき,計量を行うために用いました。入れ方や入れた後のならし方によって,計量に微妙(びみょう)な差がでたので,注意深くおこなわれていました。この一斗升の4杯分で一俵(ぴょう)の米になりました。むかしは,体積で計量しました。
  新京桝       
さし
 俵づめされた米の品質を検査するとき,これを俵に差し込み中身の米を抜き出すためにつかったり,俵に米を入れるときの調節につかったりしました。
  
手かぎ
 米俵を運ぶ時に,これでひっかけて持ち上げました。柄(え)のついた手かぎです。
    
台唐(だいがら)

 玄米をついて白米にすることを精米といいますが,それに用いられた足ふみ式の臼を台唐(だいがら)と呼んでいました。大昔は,臼(うす)と杵(きね)をつかって手でついていましたが,江戸時代になって足踏み臼や水車がつかわれるようになりました。台唐は,きねに横木のついたもの(きねさお)と臼とを組み合わせた精米用の道具です。精米の能率をあげるために,臼の中にわらで編んだ輪(つき輪)を入れることもありました。

      
  

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